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1970年大阪万博の時代を歩く

1970年大阪万博の時代を歩く

戦災からの復興、高度経済成長、そして万博へ― 史上最大の成功をおさめた70年万博の軌跡と大阪の活気に溢れた戦後史を振り返る

著者 橋爪 紳也
ジャンル 新書 > 歴史新書
シリーズ 趣味・実用
出版年月日 2018/05/07
ISBN 9784800314789
判型・ページ数 新書・192ページ
定価 本体950円+税
  • 内容紹介
  • 目次

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今秋に迫った2025年万博候補地の決定。
ふたたび大阪万博誘致に向けて、
いまこそ知りたい「あの時代」の熱狂――。
なぜ、1970年大阪万博は戦後の一大プロジェクトとなり、
史上稀に見る大成功をおさめたのか?

2018年「なにわなんでも大阪検定」公式参考書籍


【お詫びと訂正】

本書183ページに間違いがありましたので、下記の通り訂正いたします。


P183 1行目 
誤 ある小学生が
正 ある高校生が
以上

読者ならびに関係者の皆様にお詫びいたします。
洋泉社編集部
1章 戦後復興に邁進する大阪(1945~50年代半ば)
50回もの空襲によって一面焼け野原になった市街地  戦争下の大阪
1万人を超える進駐軍が配置 大阪の町に星条旗が翻った日  1945年9月27日
生き残るためのエネルギーが渦巻いた戦後大阪の闇市  1945年9月頃
戦災で失われた約32万戸を救う廃車バス住宅の建設  1945年
国よりも早く設置された「大阪市復興局」が描いた将来像  1945年9月
終戦から3年、160万人が熱狂した「復興大博覧会」  1948年9~11月
「昭和の大阪城」と呼ばれた、最新設備の大阪球場の誕生 1950年9月12日
復興を目指す大阪を襲ったジェーン台風の被害  1950年9月3日
神武景気が始まった年にNHK大阪がテレビ放送開始  1954年3月1日

2章 高度経済成長と万博への道(1950年代半ば~70年)
新世界のシンボルをふたたび! 地元店主7人による通天閣再建  1956年10月28日
日本一と呼ばれた大阪の地下街は難波から始まった  1957年12月18日
庶民があこがれた最先端のセレブ物件・西長堀アパート  1958年
いまやデートコースの定番 誕生から進化し続ける伊丹空港 1958年3月
おとな向けマンガ誕生のきっかけは大阪にあった  1950年代後半
駅ビルの先駆けとなった天王寺駅  1962年9月
日本初の大規模ニュータウン計画 千里ニュータウン  1962年11月
「緑化100年宣言」のシンボルとなった大阪城公園  1964年4月22日
社会問題化する交通渋滞を解消した阪神高速道路  1964年6月28日
5年半の工期で完成した東海道新幹線「西の起点」新大阪駅  1964年10月1日

3章 ここがすごかった! 大阪万博
戦後最大のプロジェクト ようやく実現した日本での万国博覧会  万博までの道①
華々しい成果の裏に隠された12年に及ぶ米ソの宇宙開発競争  万博までの道②
2万羽の千羽鶴が舞った宝塚歌劇団の演出家による開会式  万博までの道③
国民の6割にあたる6400万人が足を運んだ超巨大イベントの内情  万博までの道④
万博史の頂点に立った未来へ繋いだ大阪万博の意義  万博までの道⑤
「日本と日本人のこれから」をアピール 万博会場で最大のパビリオン 日本館

月世界の一端を見られる 東京ドームの基礎となったパビリオン アメリカ館
宇宙開発でアメリカと競い合う大国の実態と実力が明らかに  ソ連館
どこから見ても入ってもいい展示館の常識を破ったスイス館  スイス館
ゴムと空気でつくられた画期的な建造物  富士グループ・パビリオン
映画界の巨匠たちが2020年の私たちの生活を描いた  三菱未来館
子どもたちの人気は断然トップ 航空機のシミュレーター  日立グループ館
未来を見せるのではなく未来へ残す 5000年後へつなぐタイム・カプセル  松下館
前衛芸術の塊だったせんい館 なかでもひときわ異彩を放つロビー人形  せんい館
640枚の陶板で造られた巨大壁画 12×5メートルの『無垢な笑い』  ガス・パビリオン

万博のシンボルタワーではない!? 「太陽の塔」はテーマ館の一部だった  万博と芸術家①
万博に現れた宇宙空間 イサム・ノグチが残した奇妙な噴水  万博と芸術家②
彫刻でありながら楽器でもある だれもが触れられるパシェの音響彫刻  万博と芸術家③

目に見える形より体験と記憶を 14メートルのロボットがいるお祭り広場  万博と建築家①
メタボリズム思想を体現した万博のシンボル・エキスポタワー  万博と建築家②
生きていなければ建物ではない 黒川紀章の思想が反映されたパビリオン  万博と建築家③
モダニズム建築の旗手前川國男による「自動車館」と「鉄鋼館」  万博と建築家④
万博は建築技術とデザインの実験場 若い才能も登用された  万博と建築家⑤

日本のファストフード元年 大阪万博で広く世に知られた産業  万博から生まれたもの①
快適な生活を送るための技術 いまも発展を続ける電気自動車のさきがけ  万博から生まれたもの②
綱引きやかけっこで観客たちの人気者に タイからやってきた20頭の象たち  万博の催事① 
記念すべき10回目の世界大会を万博で 美しさを競うミス・インターナショナル  万博の催事②  
183日続いた祭りの終わり 2200メートルの退場パレード  万博の閉幕

丹下健三 会場全体のマスタープランを担当
手塚治虫 フジパン・ロボット館を監修
石坂泰三 日本万国博覧会協会会長
岡本太郎 テーマ館プロデューサー
三波春夫 ミリオンヒットとなったテーマソング

4章 万博以降の大阪イベント物語(1970年へ)
跡地にできたエキスポランドとエキスポシティ  1972年3月
参加も観客も日本最大級となった大阪城築城400年まつり  1983年10~11月
園芸博と国際博の融合 大阪市制100周年を祝う2度目の万博  1990年4~9月
「太陽の塔」の内部一般公開スタート リアルな岡本太郎パワーを体感! 2018年3月

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