ホーム > なぜ、地形と地理がわかると戦国時代がこんなに面白くなるのか

なぜ、地形と地理がわかると戦国時代がこんなに面白くなるのか

全50項目に地図がついてよくわかる! 「地形」と「地理」から、戦国時代の事件や合戦が「なぜ、その場所でおきたのか」解決

著者 渡邊 大門
ジャンル 新書 > 歴史新書
シリーズ 歴史 > 歴史新書
出版年月日 2016/07/04
ISBN 9784800309853
判型・ページ数 新書・196ページ
定価 本体800円+税
  • 内容紹介
  • 目次

 

amazonで購入⇒  

史料を読めば、当然ながら人物や合戦のアウトラインは理解できるのであるが、
これまでは「なぜその場所で」という点について、説明が弱かったように感じる。
ところが、つぶさに地図をながめ、当時の地形や地理的な環境をあらためて確認すると、
新たに気付くことが多々ある。たとえば、現代のわれわれからすれば、
峻厳な山に城を築くことは極めて不便に思えるが、
当時の人は決してそうではなかった。
それは、単に敵に対する備えのためだけではなかった――。(「はじめに」より)

目次

第1章 「群雄割拠」の時代
Q1 なぜ、応仁の乱で京都が焼失したのか
Q2 なぜ、加賀で一向一揆が起きたのか
Q3 なぜ、北条早雲は伊豆に本拠を置いたのか
Q4 なぜ、一乗谷は小京都として栄えたのか
Q5 なぜ、博多港は大内氏時代に発展したのか
Q6 なぜ、織田信秀は尾張一の勢力になれたのか
Q7 なぜ、鉄砲は種子島に伝わったのか
Q8 なぜ、長崎・平戸にキリスト教が根づいたのか
Q9 なぜ、蠣崎氏が蝦夷地の領主となったのか
Q10 なぜ、三好政権は居城を転々としたのか
Q11 なぜ、武田・北条・今川の三国同盟は成立したのか
Q12 なぜ、毛利元就は厳島の戦いで勝利できたのか
Q13 なぜ、川中島で武田と上杉が戦ったのか
Q14 なぜ、武田信玄は信玄堤を築いたのか
Q15 なぜ、対馬の宗氏は朝鮮貿易を独占できたのか
Q16 なぜ、堺は自由都市となったのか

第2章 信長の台頭と天下布武
Q17 なぜ、桶狭間で信長と今川義元は戦ったのか
Q18 なぜ、足利義昭は若狭に身を潜めたのか
Q19 なぜ、信長は岐阜城で天下布武を唱えたのか
Q20 なぜ、金ヶ崎で信長は人生最大に危機に陥ったのか
Q21 なぜ、長篠の戦いの決戦地が設楽原だったのか
Q22 なぜ、石山合戦は十年も続いたのか
Q23 なぜ、木津川河口で織田と毛利の水軍が戦ったのか
Q24 なぜ、信長は近江に安土城を建てたのか
Q25 なぜ、国友が鉄砲の一大産地となったのか
Q26 なぜ、伊賀と甲賀が忍者の里になったのか
Q27 なぜ、兵庫津は戦国武将の庇護を受けたのか
Q28 なぜ、長宗我部元親の四国統一は遅れたのか
Q29 なぜ、耳川の戦いで大友軍は大敗したのか
Q30 なぜ、竹田城は「天空の城」となったのか
Q31 なぜ、鳥取城で「餓え殺し」が起きたのか
Q32 なぜ、信長・信秀はあっけなく殺されたのか

第3章 秀吉・家康による戦国の終焉
Q33 なぜ、秀吉と光秀は山崎で戦ったのか
Q34 なぜ、真田家は独立を保つことができたのか
Q35 なぜ、佐々成政はさらさら越えを敢行したのか
Q36 なぜ、紀州は信長・秀吉に反攻したのか
Q37 なぜ、毛利氏は広島に拠点を移したのか
Q38 なぜ、蒲生氏郷は会津へ移封になったのか
Q39 なぜ、忍城の水攻めは失敗したのか
Q40 なぜ、家康は江戸に新都市を建設したのか
Q41 なぜ、朝鮮出兵の拠点は名護屋だったのか
Q42 なぜ、西軍は大垣城を拠点にしたのか
Q43 なぜ、関ヶ原で天下分け目の戦いが起きたのか
Q44 なぜ、真田昌幸は上田城で徳川軍を撃破できたのか
Q45 なぜ、宇喜多秀家は八丈島に流されたのか
Q46 なぜ、島津氏は所領安堵されたのか
Q47 なぜ、伊達政宗は仙台に本拠を置いたのか
Q48 なぜ、家康は駿府城を本拠としたのか
Q49 なぜ、家康は名古屋に城を建てたのか
Q50 なぜ、大坂の陣で天王寺方面が主戦場となったのか

コラム
地形でわかる「生活と文化」
◎応仁の乱より早く関東で争乱が起こった理由
◎室町時代の幕府はどこに置かれたのか
◎争乱のもとになった石見銀山
◎信長・秀吉が関所を廃止した理由
◎地方の中心都市に有名城郭がある理由

【資料編】
戦国時代の勢力変遷図
戦国時代の城&合戦マップ
戦国武将生没年一覧
戦国史年表
戦国時代を知るミュージアムガイド

このページのトップへ